非常に心をかき乱される映画で、「大っ嫌い!」とすら言いたい程です。
ですが、本作を通して描こうとしているテーマを思えば、私の中に引き起こされた激烈な嫌悪感はある種の必然で、監督の思惑通りに地獄を見せられたのだな・・・と鑑賞後の呆然とした頭で考えていました。
「ジョーカー」や「パラサイト 半地下の家族」などで描かれていた”格差への不満の爆発”というテーマが、本作では更にネクストレベルに達していて、社会全体が格差への怒りをきっかけに崩壊して行く様を見せる前半部の演出は非常に恐ろしい生々しさがありました。
富裕層の我関せずな結婚パーティーの中に少しづつ侵食してくる外界の暴力、その始まりを予感させる”緑の水”の不穏さは見事と言う他ないです。一室に集まってドラッグに興じる若い富裕層達の背後、窓越しに静かに立っているデモ隊の不吉な佇まいの撮り方はJホラーのような不穏さに満ちていて素晴らしい!
そしていよいよ富裕層の居住区にまで地獄がやって来る瞬間の恐ろしい騒乱の模様は見ているこちらの心拍数まで上昇する程の緊迫した仕上がり。3000人規模のエキストラを使って撮影されたという地獄絵図と化した街の様子なども鮮烈で容赦無く描かれているので見続けるのに勇気が要るシーンでした
中盤以降も主人公に降りかかる容赦のない展開の数々に思わず、「こうまでして露悪的な映画を撮る意味が分からない」とまで思うほどに強い嫌悪感を感じましたが、パンフレットに掲載されているミシェル・フランコ監督のインタビューを読むと、この地獄のような展開の裏には、監督の強い危惧と警鐘の思いが込められていることが分かりました。
本作を製作するにあたって影響を受けた作品群や、生まれ育ったメキシコ社会に対する不安や懸念。フランスにおけるイエロージャケット運動、アメリカのBLMなど、現実のデモや抗議活動をどう見つめて来たかなどが語られています。
私自身は本作を見て、現実に差し迫った最悪のシナリオをまざまざと見せつける裏には、半ば恫喝に近いほど強く心に叩きつける警告の意義があるのだろうと感じました。
目を背けたいシーンも多く、積極的に愛好したいと思える映画では無いかも知れませんが、こうした作品を通すことで普段の生活では目を逸らしてしまいがちな、我々の ”平和な生活の脆弱さ”に改めて気付く事が出来る苦くも意義深い作品だったと思います。
シネマスタッフH