
初めに断言します。私の今年のベストは本作です。いや、それどころかオールタイムベスト級と言っても全く過言ではありません。「これは俺の映画だ!!」とこんなにも思った映画は生まれて初めてです。
30手前でデビューすらしていない物書きで、何年もずっと書き上げられない作品を引き摺って、これは大事な夢なのか打ち棄てるべき足枷なのか自分でも分からないでいるような私にとって、本作の主人公、春利が発する空気感の全てが自分の中に覚えがあり過ぎて始めは直視するのが辛かったです。

仕事を訪ねられる気まずさも、作品を読ませた時の微妙な反応も、出先で何か思いつくかもなんてそんな閃きがあった試しもないのに道具をカバンに入れていくのも、自分一人だけが稚気の抜けないオトナ子供な気がして妙に居心地が悪いのも、本当は自信が無いだけなのに貰ったチャンスを最もらしい言い訳でふいにするのも全てが私の生き写しのようでした。
腐敗しかけの情熱と未練だらけの恋を抱えたまま見送るべき青春に縋り付き、それ故に悪夢に迷い込む事になる春利と、その旅の行く末を暗示するように本棚に置かれたダンテの「神曲」。もうこのカットのさりげない切れ味だけでもって萱野監督が只ならぬ手腕の持ち主である事は十二分に伝わってくるのですが、遂に映画が本性を見せ始める中盤の恐怖シーンの卓越したセンスにはJホラー好きとしてよだれが止まりませんでした!
顔の判然としない煤けたようなシルエットの幽霊には黒沢清監督の「廃校綺談」、「回路」、「叫」などの影響を色濃く感じて大変素晴らしい!!!
スタンドライトを通過して姿を消し、突然正面に出現するジャンプスケアには思わず椅子から転げ落ちてしまいました笑
カットを割らず、カメラのフリにも頼らず、しかしタイミングを読ませない工夫とこだわりが伝わる本作屈指の名シーンだったと思います。怖かった!!
中村裕美子さん演じる小夜の蠱惑的で大きな瞳が一転して恐ろしい底無しの穴のように春利を見つめるカットも、一つ一つがもう堪らなく恐ろしくて何度も一時停止出来たら良いのに!と歯痒く思いました。ソフト化が今から待ちきれません!
以降も、白石晃士監督作を彷彿とさせるようなキャラの立った霊媒師カップルが登場したり、シュールギャグテイストな現実逃避のシーンが来たかと思えば、バキバキにキマった構図と美術が素晴らしい除霊シーンまで、Jホラー映画の楽しいところオンパレードのようなサービス満点の作りに私はもうただただニッコニコで楽しませて頂きました!

そして終盤、男二人のなんとも情けない争い(青山さんの転び方がイイ!)から、間の抜けた勝負の末に死刑宣告が下され、死を目前にした春利は遺書をしたためながらも次第に筆が乗っていく・・・。
この良い意味で変な、しかし味わい深い切なさと情感、笑い、そして恐怖に満ちたクライマックスシーンは今まで見て来たどの映画でもついぞ辿り着いた事がない奇妙な領域に私を連れて行ってくれました。
「呪怨」の仏壇UFOキャッチャーシーンぐらいびっくりする不意打ちの首折りから、小夜との切ない邂逅。
そして全てを昇華し完成する春利の創作。小説家なのかと警官に訪ねられ、「漫画家です。売れてないけど」と答える春利の真っ直ぐ見据えた視線にどこか切ない青春の終わりと、晴れやかな解放が感じられる非常に美しいシーンだったと思います。
いつからかパソコンもノートも、読み古したストーリー構成の参考書も全て部屋の隅に追いやっていた私ですが、机に向かう春利の背中に忘れていた情熱を思い出し未練たらしくワープロソフトを起動してしまいました(笑)」。
私もどうやら、まだまだ夢から逃れられない人間のようです。ならばせめてもう少しだけ、この悪夢にしがみ付いてやろうと思えた恐ろしくも楽しい映画体験でした。